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アナウンサールーム
男性アナウンサー
松井 秀
プロフィール

生年月日

2月3日

出身地

名古屋市

血液型

A型

星座

みずがめ座

出身校

同志社大学

入社年

1988年

趣味・特技

音楽(聴く、奏でる)、焼酎

自己PR

4年4ヶ月ぶりにアナウンス部に戻りました。若い人たちと一緒に汗をかいて、自分もまたアナウンスにどっぷりと浸かる日々を送りたいと思っています。まだまだ自分では若いと思っていますので(勘違い!?)、どうぞよろしくお願い致します!

現在の担当番組

定時ニュースなど

全然腕はあがりませんが、楽譜と“悪戦苦闘”しながら、少しずつ楽器の練習をするのが、もっぱら最近のストレス解消です。
そんな私が、普段何気なく心に浮かんだ“メロディー”を書いていきます!

 2008年10月30日 「デジタル、デジタル、デジタル。。。」

先日数年使用していたDVDレコーダーが故障し、これを機会にと、家族の一部の反発を買いながらも、HDD付ブルーレイレコーダーを購入しました。やはりHDはきれいですね。これまで、録画したものは画質が落ちるという固定観念がありましたが、これはちがいます。録画したものを見ても、時折録画だと言うことを忘れてしまうほどです。
気がついてみたら、私たちの周りはデジタル製品であふれています。テレビ、CD、パソコン、携帯電話―。我が家でも知らないうちに、DVDやCDの数が増えていて、整理もおぼつかなくなってきました。デジタル生活にどっぷり浸かっている私ですが、一方最近ちょっとその便利さに依存しすぎているような気もしてきました。携帯電話でいつでも連絡できるし、メモリープレーヤーでどこでも音楽が聞ける、知りたいことはインターネットであっという間に判明する−
「これでいいのかなあ?」⇒「いやいや、自分の頭や手や足をもっと使わなければ、あっという間に体が退化してしまうんじゃないか!」と思いはじめている今日この頃です。
というわけで、当面年末のピアノの発表会に向け、子どもとの練習というアナログ行動に没頭してみようと思っています(というかしなければならないのです!)。

全て「デジタル」です

 2008年9月30日 街、人、ことば

名古屋にある本社にもどって3ヶ月がたちました。その前は、3年半愛知県豊橋市にある支社で営業の仕事をしていました。事務所は豊橋でしたが、営業エリアは愛知県三河地方から静岡県全般にわたり、西は愛知県刈谷市から東は静岡県富士市あたりまで、東海道に沿って営業活動をしていたようなものです。振り返ってみると、よくこれだけの距離を行ったり来たりしていたなと思いますが。もともとアウトドアの番組を12年半担当したこともあってか、山や海、川の景色を見ると、何やらほっとするところがあり、特に三河から静岡にかけては挙げるときりがないくらい景色のいい場所が多く、営業時代は仕事をしながら目や心の保養をさせてもらっていました。今でも、四季折々、様々な景色がまぶたに浮かんできます。

その中でも拠点となっていた豊橋は思い出の多い場所です。ニュースカメラマンと事務担当の女性と私の、たった3人の支社でしたが、駅前のビルの最上階8階にあり、豊橋の街はもちろん、東は湖西連峰、南は渥美半島や三河湾、北に目をやると冬は南アルプスの雪山が望めました。椅子から立ってちょっと振り返ったりするだけで、こんな景色を堪能できました。そういえば仕事中ちょっと時間が空くと、席を立って周囲の景色を眺めていた記憶があります。
また、その街で皆さんが話している三河弁のやさしい響きも、景色と同時に心に深く残っています。言葉って不思議なものですね。京都に住み始めたときもそうでしたが、初めは違和感があっても、だんだんその地域の言葉に慣れていくものです。初めての土地に慣れ親しんでいくためのかなりの要素が、その地域の言葉の響きに慣れていくことではないかなと感じます。当社にも、少なからず東三河地方出身の社員がいますが、その人たちにはいつも豊橋のことを話しかけてしまいます。地元の方から見れば、私など完全なよそ者だと思いますが、この街でいろいろなこと考え、たくさんの人とめぐり合い、色々学ばせてもらった私にとって、今や思い出のいっぱい詰まったふるさとを語るような気持ちなのです。
仕事では色々大変なこともありましたが、ビルの南東角にある支社の大きなガラス窓から見えた景色を思い出すと、ちょっと痛がゆいような、切ないような、そしてほわっと温かいような気持ちなどが一緒になって、胸にこみ上げてきます。
「大人になってからの心のふるさと」、それが豊橋です。

 2008年9月1日 いつも音楽を

もともとの音楽好きですが、このところはもっぱらピアノの練習が主です。高校時代から「弾ければいいな」と思っていましたが、家にピアノはないし、小さいころから習っていたわけでもなかったので、親しむきっかけがありませんでした。去年子どもの教室通いを契機に念願の電子ピアノを購入!子どもよりも私が熱心にピアノに向かうことが多く、嫁さんなどは「買った目的が違っていたんじゃない?」と思ったようです。
レッスンを受けているわけでもなく全くの独学ですから、弾ける曲も平易なポピュラー2〜3曲です。子どもからも「また、その曲?」と毎日のように指摘されていますが、それにもめげずピアノに向かうのは、ピアノの甘美な音と、それが奏でるメロディーと和音の美しさが、自分の演奏ながら心地よいからです。
そんなおめでたい人間ですが、忙しくなって日々音楽に接することができなくなると、気持ちが段々すさんできます。ですので、いつも音楽が楽しめるように、なるべく心に余裕を持とうと思っています。音楽は、私の一つの心のバロメーターでもあります。
さて、実は年末に子どもの発表会に出演するように言われています。もう随分前に課題の楽譜をもらっていますが、まだかなり先のことと高をくくっていました。気がついてみれば、9月。急に「これはまずい」と慌てている今日この頃です。

何事も一歩、一歩です

 2008年8月1日 再会

イヤー、とにかく、人事異動の内示が出た6月中旬から一ヶ月半、毎日があっという間に過ぎていきました。
前職場の引継ぎと新職場での業務−
以前の16年間のアナウンス部、最後は副部長という肩書きでしたが、いわゆる管理業務はほとんどやっていませんでしたから、今回のアナウンス部での仕事については、覚えなければいけないことばかりでした。その中で、さらに「とにかく早く現役復帰を」も自分の課題としましたので、それはもう、頭の中は覚えることばかり(ほとんどオーバーフローしていましたけど)という状態プラス精神的にも現役復帰への色んな想いとで、自分のプライベートのことなどあまり考える余裕がなかった1ヶ月半でもありました。

そんな中、アナウンサーとして、また再びお世話になる皆様への挨拶めぐりも始めています。特に、名古屋グランパス・ストイコビッチ監督との再会は、本当に感動的でした。私も、ピクシー(親しみを込めて、そう呼ばせていただきます)については、引退記念試合の実況はもちろん、通常の取材インタビューやトークショー、引退後のJリーグ中継のゲスト解説など、様々いい思い出がありますし、お世話になりました。7月12日の柏戦のゲーム前、瑞穂競技場でピクシーに4年ぶりぐらいに会いました。初めは、私のことを覚えていてくれるか少々不安でしたが、私の顔を見るや、「おお、君かー」という感じの満面の笑みで近づいてくれて、がっちりと本当に堅い握手をしてくれました。(正直、こんなに覚えていてくれたことに逆に私が驚いてしまったところもありました)。最後も、また堅い握手をして再開を喜び合い別れました。本当にうれしくて、ちょっと涙が出そうでした。

そういえば、ピクシーが現役時代、試合でうまくいかなかった時などに、「これも人生ですよ」と、言っていました。この言葉、当時から耳に残っていて、私も前回アナウンス部から他部署への異動発令を受けたとき、当時の上司に「わかりました。これも、人生ですね」と、何かわかったようなことをいった記憶があります。

今回色んなめぐりあわせでアナウンス部に戻ることになったのですが、ピクシーとの再開も、私が他の部署や仕事を経験したからこそ、その喜びや感激が大きかったと思います。人生って、ホントに色々あるのですが、色々あるからこそ、より深い気持ちや経験を得られることも多いのではないでしょうか。きっと人生の岐路には、色んな意味が宿っているんですね。今回の職場変更で、ほんの少しですが、人生について、その深さに思いを寄せることができました。そんなめぐり合わせも、「これも、人生ですね」。

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