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放送内容

愛知県設楽町。ダムの建設計画が進む奥三河の山里に鉄の音色が響いていた。
安藤義久さん83歳。現役の鍛冶屋。昔ながらの製法にこだわり続ける刃物作りの匠は、土日も休まず鉄と向き合ってきた。
「まだまだ不満ばかり。少しも良いと思っちゃおらんの。一生懸命やるだけ」。
一日に一丁しか作ることができないという包丁は、プロの調理人が信頼を寄せる極上の仕上がり。
丁寧な仕事は口コミで広がり、全国から注文が舞い込むようになった。
しかし、安藤さんは約60年営んだ鍛冶屋の看板をおろすことを決めた。
今から40年前に国が発表した設楽ダムの建設計画で、安藤さんが住む八橋地区一帯は水没予定地に入った。
すでに8割以上の住民が移転を決め、近所にも空き地が目立つようになった。もうこの地に長く留まることはできない。
さらに去年の秋、妻・愛子さん(83)が足に痛みを訴え、杖が欠かせなくなった。限界集落の暮らしは不便になるばかり。
安藤さんは、悩み抜いた末、長男一家が暮らす豊田市に夫婦で移り住むことを決めた。
「仕事をやめたらじきにボケるよ。じきにボケて病院行くだ。死ぬまでずっとここにおりたい」
生き甲斐だった鍛冶屋の仕事を失う寂しさ、83歳で見知らぬ地へ引っ越す不安…。
すべてを吹っ切るかのように、安藤さんは最後まで懸命に金槌を振り続けた。
「楽しかった。思い残すことはない」。
安藤さんは今、移転先の町でどんな暮らしを送っているのだろうか。
ダムに沈む町で、ひたすら鉄を打ち続けた職人の姿を追った。
スタッフのつぶやき
ディレクター:村井 航
♪暫しも休まず槌打つ響き…。
長く歌われてきた唱歌『村の鍛冶屋』の主人公のような職人に出会った。愛知県設楽町在住の鍛冶屋・安藤義久さん、83歳。およそ60年、土日も休むことなく鉄を打ち続けてきた刃物作りの匠だ。
無口で物腰柔らか。笑顔が可愛らしい安藤さんだが、炉に火が入り刃物を打ち始めた途端、険しい表情に変わる。槌音が響く仕事場は独特の緊張感に包まれ、とても話しかけられる雰囲気ではなくなる。真っ赤に焼けた鉄を叩き、曲げたり延ばしたり…無駄のない身のこなしに魅了され、しばし時間を忘れた。
「まあまあだな」。
何時間もかけて一丁の包丁を作り終えた安藤さんは決まってそう答える。決して奢らず、ものづくりに情熱を傾ける姿に職人の誇りを感じた。
安藤さんはこの春、惜しまれながら鍛冶屋の看板を下ろした。過疎、高齢化、そしてダム建設…。生きがいだった仕事が続けられなくなったさまざまな理由がある。83歳の職人が直面した現実を多くの人に知ってもらいたい。そんな思いで設楽町・八橋に通った。