メ~テレ ドキュメンタリー

メ~テレ制作の本格派ドキュメンタリー

TOPIC
放送内容

メ~テレドキュメント
2010年12月27日(月) 午前9:57~10:27

疾走の8時間 ゆっくりと7分間 60歳の鈴鹿8耐

メインビジュアル
鈴鹿8時間耐久ロードレースに参戦する還暦ライダー 水谷勝

かつて、オートバイレースのチャンピオンとして国内外で活躍した水谷勝さん60歳(愛知県津島市在住)。 還暦を迎えたいまでも、日本最大級のオートバイレース、「鈴鹿8時間耐久ロードレース」に出場を続けている。

しかし、史上最高齢のレーサーとなったいまでは勝利に陶酔することなど到底かなわない。 にも関わらず、プライドを捨てて「鈴鹿8耐」に参加するのには、別の理由があった。

それは、「オートバイによる社会貢献」。それが9年前から水谷が始めた「風の会」だ。 このボランティア活動は華々しいレースイベントである「8耐」のスケジュールの合間を縫って、レーシングコース上でひっそりとおこなわれている。 身体の自由がきかない身体に障害をもつひとたちをプロライダーたちがバイクの後部座席に乗せ、「8耐」の舞台となるレーシングコースを、この時ばかりはゆっくりと走らせ、風を感じてもらおうというものだ。

この「風の会」を毎年楽しみに埼玉県所沢市から家族でやってくる小昏康之(こぐれやすゆき)さん(45歳)は、身体の筋力が衰えていく病と闘っている。 元々、オートバイが好きで、しかも水谷さんの大ファンであることから、「風の会」で水谷が操るオートバイの後部席は小昏さんの指定席になっている。 小昏さんは水谷さんの走りを励みにしてリハビリを続け、また、水谷さんはファンのために走り続ける覚悟を決める。

オートバイによる社会貢献に目覚めた元チャンピオンと障害者との心の交流を描く。

  • 水谷を公私ともに支える豊島信子さんと水谷
  • 還暦祝いに赤いレーシングスーツを着用する水谷
  • 水谷と小昏康之さん
  • 「風の会」水谷の後ろに乗る小昏さん

スタッフのつぶやき

鈴鹿サーキットのグランドスタンドから目の前に見えるピットエリア。 「8耐」になると約50のレーシングチームがレースの拠点を構えているのがよく見えます。 「ピットイン」という言葉がありますが、サーキットを疾走するオートバイが選手交代と同時に燃料給油やタイヤ交換などをこのエリアでおこなうためにピットに戻ってくることです。 オートバイは「ピットアウト」してレースを続けていくわけです。

このチームが拠点を構える空間をパドックエリアといって、マシンの整備や交換部品の準備そして作戦を立てたり、次に乗るライダーが控えていたりとまさに戦場の城の中といった具合で、実はこの中に様々な人間ドラマがあってドキュメントを作るには実に面白い空間なのです。ただしとても狭いです。

各チームに与えられたパドックは縦に細長~く伸びていて、例えば交換したての熱々のタイヤ(路面温度は60度を超えている!)を血相を変えたスタッフがやけどしながら、パドック裏のタイヤメーカーのテントまで運んでいったりと、常にパドックの真ん中はピットからパドック裏まで真っ直ぐな動線になっているのです。
で、私達取材スタッフは最低でも、ディレクター、カメラマン、そして音声さんと3人で行動しますが、この3人がかたまって動くことが出来ない。 でも、カメラマンの危険を音声が、音声さんの危険をディレクターが見ておかないと、我々の機材が、我々中年の身体があっと言う間に周辺のレース機材を倒しかねないのです。
その様は常に往来するチームスタッフや関係者らの波にアレ~ッ!と飲み込まれ、3人がバラバラになってしまうこともしばしばです。

ここ「鈴鹿8時間耐久ロードレース」を4年間取材してきました。 毎年暑い夏真っ盛りの日々です。 毎回思いました。 「あのアツい所へ本当に行くの?」。 自分で仕込んでおいてですが・・・。
レーシングコースを撮影するスタッフとは、朝スタート前に別れ、合流するのは約12時間後です。 夕暮れに彼らと出会うと顔グロでヘロヘロになっています。 「気づかなかったフリして通り過ぎようか・・・」。 これも自分で仕込んでおいてですが・・・。
その集大成のひとつが冬に放送することになりました。 「来年も行きたいなぁ」。みんなと一緒に。