メ~テレ ドキュメンタリー

メ~テレ制作の本格派ドキュメンタリー

TOPIC
放送内容

メ~テレドキュメント
2010年5月28日(金) 午前10時51分~11時45分

隠された被爆~残留放射線の闇~

メインビジュアル
甲斐昭さん(2009年9月 結審の日)

2008年4月、国は、原爆症の審査の方針を変えた。原子爆弾の爆発のあと広島や長崎の市内に入った入市被爆者に、初めて認定の道を開いたのだ。入市被爆者とは、直接被曝したのではなく、原爆の爆発から1分以上経って影響を及ぼした、死の灰や黒い雨に代表される残留放射線の影響しか受けていない被爆者だ。基準改正の裏側には、残留放射線の影響を切り捨ててきた国と被爆者の7年以上に亘る闘いがあった。

実は原爆投下国の米国にも、残留放射線の被害者たちがいた。冷戦時代に大気圏内で行われた核実験に立ち会わされた兵士や、実験場から流れた死の灰などが降った町の住民たちだ。公式には残留放射線の影響を否定してきた米国だが、1990年代に、兵士や住民たちの特定のガンに限って補償を認めることにした。

原爆投下から65年が過ぎ、残留放射線の影響を否定してきた日本の科学者の中にも、影響を認める動きが出てきている。しかし日本政府は、原爆症の認定基準を緩和する一方で、裁判では、残留放射線の影響を否定し続けている。

番組は、被爆者を始め日米の科学者、米国の核実験の元責任者と被害者、元国防長官らの証言を積み重ね、そして闇に葬られてきた調査結果などを分析し、そこから見えてくる「被爆国」日本の顔を追い求めた。(残留放射線の持つ意味を考える)

  • シュレジンジャー元国防長官

    シュレジンジャー元国防長官

スタッフのつぶやき
ディレクター:安藤則子

「原爆投下後の広島や長崎に、救援活動や家族を探すために入った人の中にも、原爆症で亡くなった人がいる。」被爆者の証言集には、そうした実話が収められています。だから、原爆の放射線はじわじわと長く人を傷つけるものだと、私は思ってきました。ところが、原爆症認定集団訴訟の取材を通して、国が全く逆の考え方をしてきたことを知りました。爆発から1分以降の残留放射線に影響はないとして原爆症の申請を却下し、法廷では、被爆者を指して「ほとんど被曝していない」とまで主張しました。
この発言には驚き、内心、怒りを感じました。被爆者の証言の中に真実を探す姿勢が、国になかったからです。

残留放射線の影響を公式に否定したのは、原爆を開発したアメリカです。アメリカは、原爆投下前に残留放射線のリスクを知りながら、自国の兵士や市民をも核実験で被ばくさせました。そして、その核の傘の下に日本はあります。

今回、否定の裏側を知りたくて、アメリカを取材しました。アメリカでは、元国防長官から核実験を随行した科学者にいたるまで、カメラの前での証言を拒みませんでした。ところが日本では、前厚生労働大臣、官僚、国側の科学者の全てが「多忙」を理由に取材を拒否。私の力不足ではありますが、忸怩たる思いでいます。

原爆症認定集団訴訟は、被爆者側の全面勝訴で幕をおろそうとしています。訴訟は、60年余りの時を経て、残留放射線の問題をよみがえらせました。その影響を認める新しい発見もなされています。しかし、まだ残留放射線の多くが未解明です。「国は今まで何をしていたのだ」と被爆者が番組の終わりで怒ります。「日本が認めないから世界が認めない」核実験による残留放射線の被ばく者は、世界にいます。その影響を明らかにしていくことは、被爆国の被爆国たる役割ではないのでしょうか。