2008年4月、国は、原爆症の審査の方針を変えた。原子爆弾の爆発のあと広島や長崎の市内に入った入市被爆者に、初めて認定の道を開いたのだ。入市被爆者とは、直接被曝したのではなく、原爆の爆発から1分以上経って影響を及ぼした、死の灰や黒い雨に代表される残留放射線の影響しか受けていない被爆者だ。基準改正の裏側には、残留放射線の影響を切り捨ててきた国と被爆者の7年以上に亘る闘いがあった。
実は原爆投下国の米国にも、残留放射線の被害者たちがいた。冷戦時代に大気圏内で行われた核実験に立ち会わされた兵士や、実験場から流れた死の灰などが降った町の住民たちだ。公式には残留放射線の影響を否定してきた米国だが、1990年代に、兵士や住民たちの特定のガンに限って補償を認めることにした。
原爆投下から65年が過ぎ、残留放射線の影響を否定してきた日本の科学者の中にも、影響を認める動きが出てきている。しかし日本政府は、原爆症の認定基準を緩和する一方で、裁判では、残留放射線の影響を否定し続けている。
番組は、被爆者を始め日米の科学者、米国の核実験の元責任者と被害者、元国防長官らの証言を積み重ね、そして闇に葬られてきた調査結果などを分析し、そこから見えてくる「被爆国」日本の顔を追い求めた。(残留放射線の持つ意味を考える)
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