”黄色のおじさん”の市長選 720万円失うも「三度目の正直」目指した、76歳の14日間

2024年11月26日 06:31

過去最多に並ぶ新人7人が立った名古屋市長選では、前市長の河村たかしさんの後継者と自民・立憲などの与野党相乗りで推薦する前参議院議員の戦いに注目が集まった。そのなかで黄色の服装でひっそりと戦い続けた候補者がいる。今回を含めて名古屋市長選に出馬すること3回、没収された供託金は計720万円。負けても挑み続ける”黄色のおじさん”の市長選を追った。

「黄色のおじさん」太田敏光さん(76) (名古屋市港区 11月22日撮影)

■黄色のおじさんの正体

 黄色の帽子に黄色のフリース、シャツや靴下、リュックサックも黄色。ズボンと靴以外は黄色づくしの太田敏光さん(76)は2017年の名古屋市長選で初出馬し、今回で3回目の立候補だ。
 選挙に勝つために必要とされる「地盤(後援会などのバックアップ)」、「看板(知名度)」、「かばん(資金)」のいずれもなし。どの政党からの推薦も支援もない無所属の元会社員。過去2回の市長選での得票率は3.00%(2017年、2万99票)、1.79%(2021年、1万3804票)と当選争いに絡むことなく惨敗した。それでも今回の市長選に立つことを決めた。

 「夢はやっぱり『当選』だよ」。目を輝かせて語る太田さん、実は名古屋市議会関係者や名古屋市政の担当記者たちの間では”黄色のおじさん”として知られている存在だ。名古屋市議会が開かれるたびに本会議や委員会に至るまで黄色の服装で傍聴する”市政ウォッチャー”で、議員の発言などをつぶさにチェックし、ブログで発信している。さらに市に対しても公園の整備を進めるようたびたび要望しているという。
 
 太田さんはどうして黄色の服装をまとうのか、なぜ市政ウォッチャーとなり立候補を続けるのか、本人に聞いてみた。

 

立候補の届け出を終えた太田さん(11月10日)

Q.いつも黄色の服装ですが…

「黄色は元気がでる色。議会に行くときも黄色の服なら目立つから、俺1人でもいっぱいいるように見える。議会には緊張感がないとだめ。自分で言うのも何だけど、(俺がいることで)緊張感が違うと思うよ」

 黄色の服で存在感を示し議会の引き締めを図っているという。帽子はリサイクルショップで100円で購入し、ズボンや靴はワークマンでそろえた。自宅のクローゼットは礼服を除いてすべて黄色というこだわりぶりだ。

 「帽子があると転んでも頭を保護してくれるし、演説中、変なやつに頭を殴られても大丈夫なように被っている。夏は暑いからメッシュの黄色の帽子を使っている」

 地元で歩いていると子どもたちに「黄色のおじさん」と呼び止められ、親しまれていると話す。

 

靴下も黄色

Q.議会を頻繁に傍聴するようになったきっかけは…

「十数年前に地元の公園整備のために署名活動をして、市議を通じて市に要望したことがきっかけ。そのときから議会を見始めて『おもしろいな』と思った」

 太田さんが3回の市長選で掲げてきた公約は一貫している。前名古屋市長の河村たかしさんが在職中に推し進めようとした「名古屋城天守の木造復元事業」の計画中止だ。天守の復元事業にかかる500億円を公園や河川整備などによる街づくりのために充てるべきだ、と訴えている。今回は河村さんの後継者が立候補していることもあり、事業推進の流れをストップさせるべく選挙に立った。
 立候補には供託金として240万円が必要で、得票率が10%以上だと返還されるが、満たなければ没収されてしまう。太田さんは過去2回の市長選で480万円を没収されている。

 

妻のことを話す太田さん

Q.3回目の立候補、供託金が1回の立候補で240万円。計720万円になる…

「240万円は安くないよね。お別れすることになるから悩む。河村さんみたいに”選挙モンスター”で当選するなら返還されるけど、俺には返ってこねえもん。妻からは『貯金を減らして何やっているの』とか言われちゃっている。でも、うちは夫婦で財布は別々だから、最終的には自分の判断。立候補の期限が迫ったら『行くぜ』って出た」

 妻は立候補に反対の立場だが、選挙期間中は演説を終えて帰宅した太田さんに「のどが痛いでしょ」とのど飴をくれたり、「早く休んだらどう?」と声をかけてくれたりして気遣ってくれているそうだ。太田さんは「そういうサポートや優しさを見せてくれる」と少し照れた様子で話し、「それでも、『出るな』とは言われる」と付け加えた。

 

マスコミに囲まれての「第一声」演説

■選挙戦初日がスタート

 市長選が告示された11月10日、過去最多に並ぶ7人が立候補した。太田さんは届け出後の午前10時前、名古屋市役所の前で最初の演説に臨んだ。

 候補者の”第一声”演説は「選挙戦のスタート」で、報道機関にとって各候補者が何を訴えて選挙戦に臨むのかを有権者に伝える大事な取材だ。太田さんの第一声を取材するためマスコミ各社が市役所前で囲んだ。

 

名古屋駅近くで演説する太田さん

 太田さんは帽子を脱いで、手渡されたマイクを握り、時折手元のメモに目をやりながら自らの公約を3分ほどで訴えた。その場にメディア関係者以外の有権者の姿はなかった。

 選挙カーもポスターもなく、持っているのは自身の名前が書かれた「のぼり旗」と「拡声器」だけ。太田さんの14日間の選挙戦が始まった。

 

演説の準備

■迫られた選挙戦術の変更

 第一声を終えたあと太田さんは昼食へ。選んだ店は市役所近くのカレーライスの店だった。背丈ほどあるのぼり旗をいそいそと席に寝かせてエビフライがのったカレーをほおばった。

 今回の選挙戦では3年前の前回とは異なる戦い方を迫られた。
「前の選挙のときは地下鉄のすべての駅で下車して駅前で演説をしたんだけど、敬老パスに利用制限ができたから、同じ方法をとると上限に達してパスが使えなくなってしまう」

 名古屋市の高齢者が使える敬老パスは2022年2月から利用対象の交通機関の拡充と引き換えに、制度の維持を理由として年730回の利用制限が設けられ「乗り放題」ではなくなった。議会を傍聴するために自宅と市役所を行き来することが多い太田さんにとって、選挙期間中の敬老パスの使用はできるだけ節約したいというのが心情だ。

 そこで、今回の選挙では1つの駅で降りたら徒歩で移動しながら演説スポットを見つけては、道行く人に訴えかける作戦とした。ブログは更新するものの、インスタグラムやYouTubeといった今や必須ともいえるSNSの活用については「やりかたがわからない」と敬遠。
 お金や手間をできるだけかけずに戦うが、人員や選挙資金さえあれば組織的な選挙活動をしたいという。
「ポスターも貼れるし、選挙カーがあれば効率的に回れる。選挙で勝とうとするとやっぱりお金がいる。物事、お金だ。そう思わん?」

 

■候補者たちのお金の使い道

 過去、当選した人やほかの候補者は少なくともどれだけの費用をかけたのか?メ~テレは前回の名古屋市長選(2021年4月投開票)で、候補者が選挙にかけた費用を市選挙管理委員会に照会した。候補者が選挙運動や準備でかけた費用や使途が記載されている「選挙運動費用収支報告書」は、選挙から3年以内であれば市選管を訪ねれば閲覧が可能だ。今回は3年を過ぎていたため、情報公開請求を経て入手した。

 それによると、太田さんは文具や選挙公報用の写真費用として計452円を支出として計上していた。当選した河村たかしさんは計330万4245円だった。内訳は「ポスター印刷代」に104万9400円、「事務所・街宣車・看板一式」で34万6500円、ほかに弁当代や高速代、駐車料金などだった。河村さんと接戦を繰り広げた横井利明さん(現・自民党名古屋市議)は計854万1783円を支出した。新聞折り込みや街宣車の取り付けといった「広告費」に234万2326円、駐車料金やガソリン代、ホテルでの宿泊代などがあった。

 

信号待ちする人たちに向けて演説

■名古屋駅で演説

 10日午後1時前、名古屋駅に到着した。太田さんは拡声器を口に当て自分の名前と公約を訴えた。太田さんの演説を聞くために立ち止まる人はいない。演説の途中、1人の外国人女性が太田さんのもとに駆け寄ってきた。記者は女性が太田さんに握手を求めてきたのかと思ったが、百貨店への行きかたを尋ねただけだった。

 それでも太田さんはすぐ横で信号待ちをしている人たちの姿を見て手ごたえを感じたようだ。
「名古屋駅はいいな。人のいないところだとハトやスズメ相手に演説するときもある。人がこれだけいれば、今、通り過ぎた人たちが名古屋市民じゃなくても知り合いの有権者に伝わったりして俺の名前が届くかもしれん。こりゃ、当選しちゃうかもなぁ」。そう言って顔をほころばせた後、すぐに「でも、期待しすぎると落ちたときにショックが大きいからな、気を付けないと」。2度の敗戦を経て、あらかじめ悪い結果に備えるようになった。
 太田さんは人前で演説することには慣れていても、注目されることには慣れていない。住んでいる地元ではめったに演説はしないという。「やっぱり知っている人のところでやるのは恥ずかしいよ」とボソッと言った。

 

当選への夢を語る太田さん

■「票読み」できない不安と焦り

 政党などの組織の後ろ盾なく個人で戦う太田さんにとって、得票数の予想を事前に立てる「票読み」は難しい。

「演説をしても何票入るのかなって毎日が不安」

 こうした不安からかマスコミの選挙報道について不満をのぞかせ、「『だれが優勢』とか『だれが優位』とかの報道は俺たち『そのほかの候補』には不利だよ」とこぼす。
 太田さんが指すマスコミの「情勢調査」とは一般に、電話やインターネットでどの候補者や政党が有権者の支持をどれだけ固めていそうかを探るものだ。太田さんは「優勢」や「リード」とされた候補者に「より多くの票が流れていく」とみている。
 
 今回の名古屋市長選では史上最多に並ぶ7人が立候補したことで、票の分散が予想され太田さんにとっては一層厳しい戦いになった。
 それでも「候補者が多いほうが盛り上がるよ。有権者がより自分の考えに近い人を選べる」と歓迎している。
 「今回も1万から2万票をとれたらいいかな。供託金が戻ってくるだけの票がとれたらうれしい。でも、これは現実的な話」と前置きし、「夢はやっぱり『当選』だよ。そのつもりで演説している。だから一生懸命やるんだよ」と力強く言い切った。

 

書き足された「のぼり旗」

■選挙戦ラストスパート、「手ごたえなし」

 投開票日を2日後に控えた22日、太田さんは地下鉄「名古屋港」駅で降り、徒歩で北上しながら演説をしていった。

 のぼり旗の「太田」の字は初日に比べてフチが書き足されていた。
「通りがかりのおばさんに『字が細くて見えん』とアドバイスをもらったから書き足したんだよ。見えないと意味がないよな。でも、期間中、握手を求められたのは1人か2人。手ごたえはないな」。連日の演説で、この日は少し声がかすれがちだった。

 今回の選挙、徒歩での移動が多かったことで改めて見えたこともある。
「名古屋も中心地以外は元気がない地域がいっぱいあると思うな。こういったことが選挙の争点にならなきゃ」。シャッターが降りた店が並ぶ通りを歩きながら言った。

 

■迎えた投開票日

 運命の11月24日、河村前市長の後継、広沢一郎さんが39万2519票を得て勝利した。太田さんは7人中の上から5番目、8178票だった。得票率は1.1%で、供託金は今回も没収された。

 翌朝、自宅にいた太田さんに話を聞いた。
 
「きのう夜のテレビで結果を知った。落選はショック。それでも、8千人もの人たちが投票所で俺の名前を書いてくれたのはありがたいこと」と受け止めていた。次の市長選への意欲については「今度、選挙があるときはもう80歳だろう。どうするか今はわからない」と語った。

 太田さんの14日間は終わったが、「これからも議会や市の動きはチェックしていくよ」

 自宅ではズボンも黄色。”黄色のおじさん”の活動は今後も続いていく。

 

太田敏光さん

■負けても立候補する「意義」

 数々の選挙に出馬したマック赤坂さんを長年取材し、開高健ノンフィクション賞の受賞経験もあるフリーライター・畠山理仁さんもこれまでに太田さんを取材。太田さんの活動を次のように評している。
「太田さんは日ごろの自身の活動の成果を選挙を通じて確認し、有権者から投じられた票を自身の活動への賛意と受け取っている。有権者の太田さんへの票は単なる『死票』ではなく、選挙後の太田さんの活動を後押しし、議員や行政関係者に存在感を示している。太田さんが繰り返し立候補することには、少しずつでも社会を変えていく意義があると言える」

(メ~テレ クロスメディア部 水野健太)

 

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