大学入試「志望校を下げないで」河合塾主席研究員が志望動向を分析 女子に“チャレンジ志向”強まる
2024年12月1日 08:01
今シーズン(2025年度)の大学入試について、大手予備校の河合塾が志望動向をまとめました。2022年度の高校1年生から導入された新学習指導要領に対応した初めての入試となりますが、受験生のチャレンジ志向が目立つといいます。河合塾教育研究開発本部の近藤治・主席研究員(63)に、受験生へのアドバイスとともに詳しく聞きました。
河合塾教育研究開発本部の近藤治・主席研究員
――少子化が進み、大学に入りやすくなっているのでしょうか。
実は今年の18歳人口は約2万7千人増えています。大学の定員は前年並みで、これで入試が難しくなるとか易しくなるとかいうことはなく、「足踏み状態」でしょう。18歳人口の下げ止まりは3年ほど続き、その先はまた減少に転じるとみられます。
その中で、大学の再編や統廃合が進んでいます。特に首都圏と近畿圏の都市部の私立でみられ、例えばルーテル学院大(東京都)が募集停止、桃山学院大と桃山学院教育大(大阪府)が統合します。短大の募集停止は全国で23にのぼります。
一方で理系人材を増やそうという国の後押しもあり、理系学部の新設が相次いでいます。原則として定員を増やせない国立大でも、理工・情報系は特例となっています。
名古屋大は工学部の定員を前年から20人、情報学部の定員を14人増やします。岐阜大も工学部を20人、三重大も工学部を30人増やします。大阪大や神戸大、横浜国立大、筑波大、広島大、福島大も工学・情報系学部の定員を増やし、志望者には明るい情報です。
名古屋市立大は医学部に保健医療学科を新設します。2023年度にはデータサイエンス学部を新設していて、活発な動きが目立ちます。
18歳人口と大学志願者数の推移(河合塾の資料から)
私立大で進む定員減、女子大が苦戦
――志願者や定員が減っているところはあるのでしょうか。
私立大全体でみると、定員は前年に比べて約1400人も減ります。私立大の定員は年々増える傾向にあったのですが、こんなに減るのは私の記憶にありません。
教員養成系学部の定員を減らす大学が目立ちます。教員不足が大きな問題になっているのですが、志願者が減っているのです。卒業しても教員にならない人も多いと聞きます。
女子大も苦戦しています。男子が受けられないので市場が半分しかなく、少子化の影響を特に受けています。そこで男女共学にしたり、学部を新設したりしています。
例えば名古屋女子大は共学の「名古屋葵大学」になります。ただ3学部の定員を120人から80人に減らします。愛知淑徳大は1995年に共学になりましたが、今回新たに建築学部や教育学部を設置します。広島県の安田女子大は理工学部を新設します。
――女子大が苦戦しているのはなぜでしょう。
女子しか受け入れないからなのか、女子大に多い人文・生活科学系の人気がないからなのか、模試の受験者の志望動向から分析しました。その結果、同じ学部なら女子大よりも共学大を選ぶ女子受験生が増加していることがわかりました。
今の受験生の母親の世代は、男女雇用機会均等法のもと、子育てと仕事を両立している方が多くいます。その姿を見て育ったことが、女子生徒の進路選択に大きな影響を与えているのではないかと思います。
難関国立・私立大学の志望者の前年比(%) 河合塾の資料から
難関大の志望者が増える一方、東大は…
――主に年内に行われる総合型・学校推薦型の志願者は増えているのでしょうか。
河合塾が11月15日にまとめた総合型・学校推薦型の志願者数は、国公立が前年比111%、私立が115%と増えています。大学進学をめざす層が広がっていて、その多くが総合型・学校推薦型を受けるとみられます。
私立大では、総合型・学校推薦型が入学者の6割を占めるようになっています。国公立では3割弱にとどまっていますが、後期日程を廃止し、その分の募集人員を総合型・学校推薦型にシフトする動きが強まっています。
――一般入試の志望動向はどうでしょう。
前年までの「文低理高」から「文理均衡」となりそうです。
文系の志願者数は過去2年にわたって前年比94~95%と減っていましたが、今シーズンの速報値は100.8%です。理系は102.0%でした。
また、難関大の志望者が増えています。過去を振り返ると、新課程入試の初年度は安全志向が強まり、難関大を敬遠する動きがみられましたが、今回はむしろ逆です。
旧帝大をはじめとする国立の「難関10大学」の志望者は軒並み増えていて、特に東京工業大と東京医科歯科大が統合して今年10月に誕生した「東京科学大」の志望者は、前年の2大学と比べて109%です。ほかにも北海道大が108%、京都大と東北大が107%、名古屋大と九州大が106%です。
その中で、東京大は前年比98%と、難関10大学の中で唯一減っています。東大合格者を多く出している東京の私立高の生徒が医学部や東京科学大にシフトしている印象で、官僚の人気が下がっていることも背景にあるかも知れません。
ただ、国公立の倍率は共通テストの難易度によって大きく変わりますので注意が必要です。
難関大志望者が増えているのは私立も同じで、早稲田・慶応・上智・東京理科大は前年比109%です。「MARCH」と言われる明治・青山学院・立教・中央・法政は106%、「日東駒専」と言われる日本・東洋・駒澤・専修は106%です。東海地方の愛知・中京・南山・名城の志望者も前年比105%です。
国公立大の系統別志望者の前年比(%、カッコ内は女子) 河合塾の資料から
女子の志望分野が多様化、国際系がコロナ禍から復活
――学部・学科の傾向はどうでしょう。
国公立でみると、外国語や国際系の人気が復活してきました。コロナ禍の影響をもろに受け、過去3年ほどにわたって前年比80%台の大きな落ち込みが続いていましたが、ようやく底を打ったという印象です。
また、女子のチャレンジ志向を強く感じます。難関大志望者が増えているとともに、志望分野が多様化しているのです。
理学系の志望者は全体で前年比108%ですが、女子に限れば113%です。工学系も全体では前年比103%ですが、女子は110%。なかでも機械・航空が115%、土木・環境が124%と大きく伸びています。医学部も全体で102%ですが、女子は108%です。文系でも経済・経営・商の女性の志望者が106%と増えています。
この傾向は私立でも同じです。女子の志望分野の多様化が、女子大離れにもつながっているように思われます。
2024年1月の大学入学共通テスト(名古屋大学)
共通テストに新科目「情報」
――今シーズンの大学入学共通テスト(本試験)は1月18日と19日です。
大学入試センター試験から大学入学共通テストになって5回目ですが、問題量が多いことと、出題傾向はあまり変わらないと思います。
特に国語と数学の試験時間が前年より長くなり、問題数が増えるでしょう。そこは心してください。
毎年、共通テストが終わると、SNSに「人生終わった」という書き込みがあふれますが、冷静に、しっかり自己採点することが大事です。
平均点が下がったのなら、できなかったのは自分だけではなく、必要以上に弱気になっているのかも知れません。逆に平均点が上がった時は、浮かれてしまうことがあります。いずれの場合でも、冷静に自分のポジションを見極めましょう。
――新学習指導要領に対応した初めての入試で、「情報」が新設されます。
これまで学習指導要領が変わった時は安全志向が強まったのですが、今回はそれほど影響がみられません。
「情報」は新科目だけに対策がしづらく、どのようなものになるのか、私たちもわかりません。1学期の模試の平均点はとても低かったのですが、2学期では上がりました。多くの生徒が情報を学ぶのは1年生の時なのでブランクがあり、夏休み以降にがんばったのでしょう。
ただ、「情報」ばかりに時間をかけるのはお勧めしません。
私立大で「情報」を課すところはほとんどなく、国公立大学も「情報」の配点を高くしていません。特に難関大になるほど英語、国語、数学の配点が高くなるので、そちらの対策をしっかりやってほしいと思います。
「志望校を下げると後悔する」と強調する近藤さん
本当の「滑り止め」とは
――これからの時期、受験生や保護者にアドバイスを。
総合型選抜や推薦は終わり、これから一般入試に向けた仕上げの時期です。
みなさんに強く言いたいのは、この時期に志望校を下げないでほしいということです。下げるのは願書を出す時で十分。「勉強が進んでいない」「模試の成績が悪かった」と早くから志望校を下げてしまうと、坂道を転がるように勉強に身が入らなくなります。
志望校を下げてしまうと、合格しても必ず後悔するでしょう。
河合塾で学ぶ浪人生のうち3割は、どこかの大学に合格していながら入学しませんでした。受験をするのは合格するためではなく、入学するためです。万が一浪人するにしても、第1志望にチャレンジして浪人した方がいいですし、第2、第3志望は入学したい大学を選びましょう。それこそが本当の「滑り止め」です。保護者とよく話し合ってください。
保護者には、これまでと同じ態度で受験生に接してほしいと思います。これまで放任主義だったのに、急に成績や志望校についていろいろ言うのはよくありません。逆に、これまで細かく口を出していたのに、急に何も言わなくなったり、「全部任せる」などと言い出したりするのもどうでしょう。スタンスを変えない方が、受験生は安心すると思います。
あとはやはり体調を整えることです。今まであまり勉強していなかった生徒も夜遅くまでがんばるようになります。そこを少しセーブしたり、食事に気を配ったりしてやってください。
春に受験生の皆さんが第1志望校に入学されていることを願っています。