それは突然の発表だった。
9月22日、8年間指揮をとってきた落合博満監督の今シーズン限りでの退任。
それも首位ヤクルトとの天王山4連戦の大事な初戦の日、
我々報道陣はもちろんだが、選手たちにも少なからず動揺はあったと思う。
そんな中で退陣が決まったという問いに、この男は一言だけ言葉を残してくれた。
「何も言えることはない。やることをやるだけ、それだけです」
プロ23年目の大ベテラン・谷繁元信、40歳。
9月に入り、谷繁のバットが止まらない。
17日にはセ・リーグ史上初となる40代キャッチャーの1試合2ホームランを達成すると、その2日後には史上32二人目の350二塁打。
さらにヤクルトとの天王山を連勝で迎えた24日のゲームはサヨナラタイムリー。
優勝はおろか今季最大の借金6にまで陥ったチームはこの男とともに息を吹き返し、球団初の「連覇」は着実に今、近づいている。
しかし谷繁元信のプロ23年目は、まさに「紆余曲折」。苦しいシーズンでもあった。
6月、埼玉西武戦でランナーとクロスプレーで交錯し、左ヒザじん帯を損傷。
23年目でキャッチャーにとって最も大切なヒザを初めて故障し、翌日一軍から姿を消した。
それでも一心不乱に筋力トレーニングを積み、体重を3キロ増やしてパワーアップ。
7月末に再び一軍へ帰ってきた。
そんな谷繁には8月、悔いを残したゲームがあるという。
谷繁がスタメンへ復帰して3日目の巨人戦(8月17日)、バッテリーを組んだのはチェンだった。
この日のチェンは絶好調。8回1アウトまで何と一人のランナーも許さず、完全試合の偉業を近づいていた。
23人目のバッターは小笠原道大。しかしストライクが入らない…カウントはスリーボール。
この直前、谷繁はチェンに嫌な雰囲気を感じたという。
「1、2球目を受けた時点でフォアボールっぽいなと。だったらノーヒットノーランがあるし、(四球で)歩かせてもいいかな」
だが続く4球目はストライク、5球目はストレートでファール。フルカウントまで持ち込んだ。
勝負の6球目、谷繁はスライダーを要求したがこれまたファール。
実はこの一球にこそ、谷繁の中で決めにいった球だった。喰らいつく小笠原にファールをされ、深まる悩み…。
7球目に選んだのはストレート、148キロと球威抜群の一球もまたファール。ここで谷繁は弱気に。
「7球目をファールされて、これはもう逃げようと思ってスライダーを出したらスッと投げてきて。
あれをボールでもいいから(チェンが)腕を振ってくれれば、それをもし空振りでもしてくれたらと思っていたけど」
8球目は甘く入ってしまった125キロのスライダー。
打球がセンターへ抜ける…この瞬間、完全試合そしてノーヒットノーランが潰えた瞬間だった。
この一球に谷繁は自分を悔いた。
「ちょっとした自分の油断というか隙が相手に伝わったかもしれない。
もっとグイグイいった方が良かったのかなと後で後悔しました、あの一球は」
球界ナンバーワンキャッチャーと言われる男でも完璧なリードは難しい。
しかしだからこそ、谷繁元信という男は40歳を越えてなお、野球への情熱は未だ衰えない。
プロ23年目にして初めてファースト出場も今シーズンはあった。そして現在の好調な打撃。
球団初のリーグ連覇へ、谷繁元信が目指すのは「歓喜の瞬間」ただ一つ。