数々のドラマと名勝負を生んだ、オリンピック代表選考会。27人の精鋭が、ロンドンへの切符を掴んだ。その激闘の裏側で、夢の舞台を目指し、一瞬に全てを捧げた、男たちがいた。
この春、中京大学を卒業した、平泳ぎの冨田尚弥。
一年前の世界水泳代表選考レースで、王者・北島康介との激闘を制し優勝。去年の世界ランクトップのタイムで、一躍、ロンドンの代表候補へ躍り出た。
「オリンピックって言えば誰もがわかる試合、そこで勝ったら注目されるので、オリンピックに行きたい」
その冨田と同じく中京大出身、背泳ぎでオリンピックを目指す、白井裕樹。
小学校から抱いていた夢のオリンピックへ、超えなければならない大きな壁。世界水泳銀メダリスト・入江陵介。長年、同級生の入江の影に隠れ続けてきた白井だが、去年のインカレで世界ランク4位(去年)のタイムを出すなど、入江の背中は少しずつ近づいている。
「入江選手は昔は本当に手の届かないような人だったけど、だいぶ近づいてはいるので、なるべく肩が並ぶところにはいたい」
迎えた代表選考会。ロンドンのスタート台に立てるのは、派遣標準記録を切った上位2名のみ。過去の実績は関係ない、まさに正真正銘の一発勝負。
200m背泳ぎ。5位のタイムで決勝に駒を進めた白井。王者・入江に食らいつき、2枠ある代表権を掴みとりたい。
スタート直後から入江が先頭、追う白井。前半100mのターン、白井は8番手。しかし、後半勝負と読んでいた白井。ラスト50m、ここから巻き返しを図る。
派遣標準記録は切るも、白井は3着。あと一歩のところで、オリンピックの夢が潰えた。
200m平泳ぎ決勝。冨田の前に立ちはだかるは、王者・北島。世界で勝つことより難しいと言われる日本の平泳ぎ。
スタート直後から北島が日本記録を上回るペースで、レースを引っ張る。
冨田も宣言通り前半から勝負をしかけていく。しかし後半遅れをとり、結果は6着。1着の北島、2着の立石の記録は、去年の世界水泳の金メダルを上回るタイム。冨田はその壁を越えられなかった。
そしてもう1人、ロンドンへ強い思いを抱く、中京大4年伊藤健太。
爆発的なスプリント力を持つ、自由形日本期待のトップスイマー。
去年のインカレ、100mで日本歴代2位となる好記録をマーク。自らの泳ぎに手応えを感じるとともに、ある思いが芽生えていた。
「オリンピックのメドレーリレーの舞台に立って、メダルを獲得したい」
50mと100mの2種目でオリンピックを狙う伊藤。
最初の100m自由形予選。伊藤はトップで50mのターンを折り返す。しかし、ゴールを前に遅れて4着。優勝候補がまさかの予選落ち。予選通過の16位との差は「100分の1秒」。この僅かな差が明暗を分けた。
レースから一夜、伊藤はすでに前へ歩き始めていた。
「終わったことは仕方ない。50mで100mの悔しさを晴らさなきゃいけないし、もう道は一本しかない、今はその道を進むしか残されていない」
50m自由形の派遣標準記録は「21秒97」。日本記録よりも速いタイム。
過酷で厳しい道、それでも決して諦めない伊藤。ロンドンのスタート台に立つために、決勝の1本に全てを注ぐ。
スタートからトップの伊藤。残すは派遣標準記録との戦い。タイムは22秒20、派遣標準には届かず、ロンドンへの切符を掴むことはできなかった。
冨田「悔しさというのは全然ないけど、出し切った、やっと終わったなという感じ。来年再来年とタイムを上げていって、4年後また戻ってこれたらいいなと思う」
白井「(入江選手は)また離れていっちゃったので、次追いつけるように頑張る。やっぱりこの舞台で戦ってこそだと思うので、もう一度帰ってきたい」
伊藤「この大会に出られただけで幸せだし、そこでオリンピックを狙える位置にいたことも幸せだったので、色んな人や出られたことに感謝したい」
夢のロンドンオリンピックを目指し、一瞬に全てを捧げた男たち。
その勇姿は、また新たな舞台で。