熱田神宮から伊勢神宮への106.8キロ。
大学日本一を懸けた壮絶な戦い。
箱根、出雲と並ぶ学生3大駅伝のひとつ、それが「全日本大学駅伝」
晩秋の伊勢路で、熾烈な争いが繰り広げられる。
東海地区からは、愛知工業大学が6年ぶり16度目の出場。
そして、悲願の初出場を掴み取った皇學館大学。
一本のタスキに懸ける、熱き想い。駅伝に全てを捧げてきた男たちに迫った。
学校創立135年を誇る皇學館。実は駅伝ととても深い繋がりがある。
今から100年前、京都・東京間で行われた「東海道駅伝徒歩競走」。
この時初めて、「駅伝」という言葉が使われた。
それを名づけたのが、皇學館・第6代館長の武田千代三郎である。
そしてもう一つは、全日本のコース沿いにキャンパスがあること。
しかし、これまで一度も出ることが出来なかった…。
「大会を皇學館の前で見ると、出たいという気持ちが本当に強かったです」(上村一真選手)
「テレビ中継される時でも絶対に皇學館大学という名前は出るので、その皇學館大学が全日本大学駅伝に出たら、もっとスゴイことになるんじゃないかとはずっと思っていました」(平野選手)
全日本を3カ月後に控えた8月。
皇學館は長野で合宿を行っていた。テーマは、「持久力の向上とメンタル強化」
6時からの朝練習に始まり…。
普段、学校では行うことのない、25キロ走や30キロ走にもチャレンジする。
平地とは異なり、合宿地は標高1300メートル。
酸素が薄い過酷な環境の中、自らの限界を打ち破る。
全体練習が終わった後にも、個人で自主的に走り込む。
多い日で、1日トータルおよそ60キロ。長い距離を踏むことで、自信と手応えを掴んだ。
待望の全日本初出場、近くて遠かった伊勢路を駆け抜ける。
「タスキの重みはあると思いますけど。最後の伊勢神宮までは、タスキ切らさず繋げていきたいなと思います」(田中主将)
「初出場を楽しんで、自分たちの今ある力を思い切って出す。それがまずは一番なんですけど。やっぱり何か見せてやろうと。こんな走りが出来るというのを見せたいなと思います」(日比監督)
駅伝が誕生して100年の節目を迎える今年、皇學館大学の新たな歴史が幕を開ける。