スポーツの素晴らしさは夢に向かって挑戦し続けるアスリートの素晴らしさ。密着取材でアスリートの真実の姿を描き出します。
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2008/09/13放送
一ヶ月前、プロ野球史上24人目となる200勝を達成した中日ドラゴンズ、山本昌。
その偉業達成を「奇跡。中日ドラゴンズじゃなかったら出来なかった」と振り返った。
入団5年目の初勝利から、93年をはじめ3度の最多勝、94年には沢村賞を獲得。
そして一昨年、大きなケガをすることなく迎えたプロ23年目のシーズン、なんと41歳1カ月という、史上最年長でノーヒットノーランを達成した山本昌。
しかし、200勝まであと9つと迫った去年、年内での達成確実と見られていた中、勝ち星は失速し、わずか2勝にとどまった。
「防御率とかを見ると悪かったのかなって。体とかは悪い所はなかったし」
今年のキャンプ、山本昌は例年より1週間ほど早い調整をして、沖縄に臨んだ。いつもは第1クールの中盤以降で入るブルペンに、今年はなんと2日目で入った。「去年、悪かったから、早めに結果が出るように」と、その理由を話した山本昌だが、実は、キャンプ前からフォームの解析に取り組み、去年の悪かった所を修正していたという。可能な努力を継続しながらも、さらなる進化を求め、新しい事を柔軟に取り入れてきた。
迎えた今シーズン、山本昌が生命線と自負するストレートが、進化を遂げた。これまで、そのほとんどが130キロ台だった直球が、今年は春先から140キロ台が頻繁に出る様になった。勝ち星は順調に伸び続け、先月、ついに42歳11カ月という、史上最年長で、通算200勝を達成した。
「野球に対しては嘘をつかないと。サボったら必ず成績にはね返ってくると思いながら、ずっとやってきました。」
8月には、さらに10勝目を挙げ、完投と2ケタ勝利の最年長記録も塗り変え、史上最年長、最多タイとなる8度目の月間MVPを獲得した。
「クライマックスシリーズは絶対に進出しなければならないですし」
山本昌は、意外にも過去4度出場した日本シリーズで一度も勝ち星をあげる事ができず、チームを日本一に導く事ができなかった。去年、チームは53年ぶりの日本一となったが、山本昌はベンチ入りすら出来ず、登板なし。半世紀ぶりの快挙に、貢献する事ができなかった。今は、とにかく日本シリーズに出るために頑張っているだけと話すベテラン左腕。200勝投手が、日本シリーズでのたった1勝を夢見て、腕を振り続ける。