今シーズンからプレイングマネジャーと言う大きな仕事を任された東京ヤクルトスワローズ古田監督。
その師匠は東北楽天ゴールデンイーグルスの野村克也監督。
ヤクルト時代に、二人が完成させたID野球は、他の球団を圧倒、黄金時代を築き上げた。
そんな古田の入団一年目。打率の上がらない古田に対し、野村監督は、こう言い放った。
「俺がハシで打った方がおまえより打てる」。
古田の中にある反骨心を引き出そうとした言葉だった。
それをバネに2年目は何と首位打者を獲得したのだ。
アテネオリンピックで感動の金メダルを取った野口みずき。
高校卒業後、野口は藤田監督のいるワコールに入社するもわずか1年半で監督が辞任した。
すると野口も同じように退社を決意。しかし、なかなか移籍先が決まらず、4ヶ月間ほど失業保険だけで練習を続けた。
それでも野口は「いろんな選択肢があったが私には藤田監督とコーチが一番あってると思ってついていった。(次の就職先が)ホントに決まるんだろうかというのもあったが、でも監督のことだから大丈夫と言う安心感があった。」と藤田監督についていくことにためらいはなかった。
そしてふたりはお互いを信頼することによって大きな花を咲かせた。
2004年のアテネオリンピック。
色々な困難を乗り超え見事に金メダルを勝ち取ったのだ。
ソフトボール界では、日本代表の宇津木妙子監督と中国から帰化したスラッガー宇津木麗華選手との間に、こんな師弟関係が存在した。
宇津木麗華選手は元中国人。14歳からソフトボールをはじめ、中国代表の主砲として活躍。
世界一になることが、夢だった。その後代表監督をつとめる当時の宇津木妙子と出会い、強い影響を受け来日。そして尊敬する宇津木妙子とともに世界一を目指すため
彼女は日本に帰化する道を選んだ。
結局金メダルの夢はかなわなかったが、2人の間にはそれ以上の強い絆が出来上がっていた。
そしてスタジオには最強の師弟関係と言われるアテネ五輪女子レスリング金メダリスト、吉田沙保里と栄和人監督が登場。国際試合101連勝の秘話を語ってくれた。
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