「陣痛に耐えるのは当然」「甘え」の声も…出産の選択肢“無痛分娩” 5年で倍増もまだ全体の1割

2024年6月19日 18:51
出産の際、麻酔を使って痛みを和らげる「無痛分娩」。選ぶ女性は増えている一方、割合としては全分娩数の約12%と主流ではありません。一体なぜなのでしょうか。

全国の年間分娩数・無痛分娩数(日本産婦人科医会の調査)

5年で倍増 選択者が増加する「無痛分娩」
 日本産婦人科医会の調査によりますと、分娩全体の数が減る中、無痛分娩の数はこの5年で倍近くまで増加。東海地方でもこの5年で、年間約3500件から約7500件まで増えました。

 それでも、全分娩数における割合は11.6%(2023年発表時点)にとどまっています。アメリカでは73%、フランスでは83%の妊婦が、無痛分娩を選択していて(2018年時点)、日本の普及率と比べると大きな差があります。
 

名古屋バースクリニック(名古屋・名東区)

無痛分娩のメリットとリスク
 無痛分娩で最も一般的な方法は「硬膜外麻酔法」で、細いチューブを背中から硬膜外腔に入れて麻酔薬を少量ずつ注入することによって、陣痛や出産の痛みを取り除く方法です。下半身だけへの痛み止めなので、意識はあり、おなかの張りや赤ちゃんが移動する感覚は残ったまま出産に臨むことができます。

 毎年500人以上に無痛分娩を行っている名古屋市名東区「名古屋バースクリニック」。柵木善旭院長に、無痛分娩のメリットやリスクについて聞きました。

 「無痛分娩の最大のメリットは当然、『産痛の緩和』です。産痛だけでなく、産後の膣会陰にできた裂傷に対する縫合の痛みも軽減されます。また、それに付随して、『分娩の回復が早く、産後の子育てへの体力が残ること』『分娩に対する恐怖心が減り、次の妊娠への前向きな気持ちが芽生えること』などもメリットとしてあげられます」(名古屋バースクリニック・柵木善旭院長)

 リスクもゼロではありません。

 「分娩への影響としては、『陣痛が弱くなること』『娩出力が低下し、分娩第二期が延長することで、吸引・鉗子分娩の確率が増加すること』が知られています。合併症としては、発熱やかゆみ、麻酔後に発生する頭痛などがあげられます。そして、非常に稀ですが、麻酔による重篤な事故のリスクがあります。これは、麻酔技術や全身管理体制の改良によって、自然分娩との差が認められないとする報告も多数あります」(名古屋バースクリニック・柵木善旭院長)
 
産科施設の3分の2は非対応
 妊婦のニーズは高まっているものの、すべての産科施設が無痛分娩を実施しているわけではありません。

 記者の私自身、現在妊娠9カ月の妊婦。今夏に、愛知県内で出産予定です。

 恥ずかしながら、自分が妊娠するまで、分娩方法について詳しく調べたり考えたりしてきませんでした。妊娠がわかり、最寄りの産科施設に通い始めて少し経ってから、「少しでも痛みを減らしたい」と思い、無痛分娩の選択肢を考え始めたのですが…

 時すでに遅し、私が通う産科施設は、無痛分娩に対応していないことが判明。自分の下調べの甘さが招いた結果ですが、泣く泣く、無痛分娩を諦めたのです。

 調べてみると、愛知県内で無痛分娩を実施しているのは、約120ある産科施設のうち約40施設(愛知県産婦人科医会などの調査による)。非対応の施設の方が多いのが現状です。無痛分娩は、当たり前の選択肢ではないことを知りました。
 

分娩室(名古屋バースクリニック)

対応しているのは都市部ばかり
 無痛分娩が可能な施設であっても、24時間体制で麻酔処置ができるオンデマンド無痛分娩が可能な施設は名古屋市内でもごく僅かです。柵木医師は、無痛分娩をおこなうには「医療者の技術と管理ができる人員が必要」といいます。

 「前提として、日本の無痛分娩の多くは関東を中心とした都心部(東京や横浜)で実施されています。愛知県での無痛分娩も、名古屋市を中心とした尾張地区がほとんどで、三河地区での実施はかなり限定されています」(名古屋バースクリニック・柵木千尋医師)

 地方では、無痛分娩のニーズが都市部ほど高くない傾向にあり、限られた分娩施設において積極的に取り入れようとする動きは、まだそれほど多くないようです。
 

平均出産費用(厚労省「出産費用(正常分娩)の推移」)

追加で約10万円必要
 また、無痛分娩のためには、追加で10万円程度かかります。

 現在、出産は健康保険の適用外のため、代わりに出産育児一時金として原則50万円が給付されます。しかし、通常の出産費用が約50万円のため、無痛分娩を選ぶと、超えた分は自費で払う必要があります。

 厚労省によりますと、全国の出産費用はこの10年で平均約6万5000円増加。去年、出産育児一時金が増額されたものの、無痛分娩の約10万円はほぼ自費で払わなくてはならないという状況です。
 
「お腹を痛めて産むべき」「甘えだ」
 無痛分娩に対するネガティブなイメージの影響も。

 私が夫や両親に、無痛分娩という選択肢について相談したときには、反対こそしなかったものの、「リスクが増すのではないか」と心配していました。

 中にははっきりと、周囲から否定的な意見を言われるケースも少なくないそうです。

 「日本には『お腹を痛めて産むべき』『自分たちも苦しんで母親になれたのだから陣痛に耐えるのは妊婦として当然、それをしないのは甘えだ』などの言葉があり、通過儀礼的な思想、自然回帰の思想や文化が存在します。無痛分娩を選択するかどうかは妊婦一人ひとりの価値観によるので、そもそも善悪や優劣などの尺度で捉えるものでないです。しかし、妊婦の家族や友人などの周囲が無痛分娩に否定的な意見を述べることで、妊婦の決断を躊躇させているケースも少なくはないです」(名古屋バースクリニック・柵木千尋医師)

 無痛分娩とは、陣痛を緩和しようとするプロセスを表す医学的用語であり、痛みがなくなるという結果を表しているわけではないそうです。全く痛くないということではなく、お産が完全にラクになるわけでもありません。

 「無痛分娩に対して『ラクして産む』という偏見を払拭していくのも必要ですし、医療者側も無痛分娩の技術を高め、少なくとも無痛分娩を希望する妊婦全員が安心して医療を受けられるという環境を作り上げる努力が必要になります」(名古屋バースクリニック・柵木善旭院長)

 

厚労省のウェブサイト「出産なび」

納得のいく出産方法を
 妊婦自身も、事前に自分が納得できる出産方法を調べ、自分に合った病院を選ぶ必要があります。

 厚労省は5月30日、出産を取り扱う全国の病院や診療所などについて、費用やサービスを一覧で確認できるウェブサイト「出産なび」を開設しました。

 実際にかかる費用や、受けられるサービスは、施設や地域によって大きく異なるため、このようなサイトなどを活用して、自分で選択していくことが大切です。

(メ~テレ記者 廣瀬祐美)
 

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