“脳の老化”とアルツハイマー病は違う 100歳でも達者な人の特徴、新治療薬レカネマブの効果

2025年2月1日 09:07
「脳が老化することと、アルツハイマー病は違います」。名古屋市立大学医学部附属みらい光生病院(名古屋市名東区)の岩瀬環・脳神経医療センター長(61)は、高齢で認知症になってもちゃんと日常生活を送れる人がいるといいます。それはどんな人なのか、そしてアルツハイマー病の新しい治療薬「レカネマブ」について解説してもらいました。

名古屋市立大学医学部附属みらい光生病院の岩瀬環教授

 年を取ると、誰もがアルツハイマー病になると思っていないでしょうか。

 長寿の世界記録は、フランスのジャンヌ=ルイーズ・カルマンさん(1875~1997)の122歳164日とされています。科学誌ネイチャーに掲載された論文では、人間の寿命の限界は115歳前後で、125歳を超えることはほぼないとされています。

 このような超高齢になれば、誰もが必ず認知症になります。

 大事なことは、認知症の発症を遅くし、脳の健康寿命を長くすることです。
 

アルツハイマー病に関わる異常タンパク質(岩瀬教授提供)

アルツハイマー病って何?
 認知症といえば「アルツハイマー病」が有名ですが、そもそもアルツハイマー病とは何でしょうか。

 ドイツの精神科医・アルツハイマー博士(1864~1915)が、1906年に56歳で死亡した女性患者の脳を顕微鏡で観察し、初めて発表しました。
 しかし当時は注目されず、約70年経ってからしばしば論文に引用されるようになり、「アルツハイマー病」と名づけられた経緯があります。

 アルツハイマー博士が発見したものが二つあります。

 脳の表側の大脳皮質にシミのようなものがあること、さらに脳の神経細胞の内部に繊維状のものがあることです。前者は「老人斑」、後者は「神経原線維(しんけいげんせんい)変化」と呼ばれます。

 「老人斑」は、アミノ酸が40~42個ほどつながった「アミロイドβ(ベータ)」が神経細胞の外にたまってできるものです。アミノ酸が50個以上つながったものを「タンパク質」、50個未満のものを「ペプチド」と呼び、「アミロイドβ」はペプチドの一種です。

 「神経原線維変化」は、「タウ」というタンパク質が「リン酸化」という異常を起こし、らせん状の繊維に変化して集まり、神経細胞の中にたまってできるものです。

 脳内にアミロイドβがたまって「老人斑」ができ、さらにアミロイドβによってリン酸化したタウがたまって「神経原線維変化」ができた神経細胞が死んでいくことで、アルツハイマー病を発症するという説が有力視されています。
 

神経原線維変化が進む場所。アルツハイマー病は1→5の順で進むとされている

アルツハイマー病はどのように進む
 脳内には、神経原線維変化が起きやすい場所があります。最初に脳の側面の下の方にある「側頭葉」の「経嗅内野(けいきゅうないや)」という部分にできます。そこは、大脳の辺縁系と新皮質と呼ばれる領域の境目です。

 次にその境目の内側の辺縁系にある「海馬(かいば)」の方に広がり、その次に境目の外側の新皮質の方へと広がっていきます。

 この順番の発見者の名前を取った「ブラーク神経原線維変化ステージ」という基準があり、変化の広がりを小さい方からステージ1~6で表します。

 アルツハイマー病の症状の進行は、このステージに一致します。

 海馬は記憶に最も重要な器官です。アルツハイマー病では、海馬が早い段階から侵され、記憶力の低下が初めに起こります。

 新しい出来事を記憶できず、忘れたこと自体を認識できなくなります。「同じことを何度も聞く」「ものをどこに置いたか覚えられない」「コンロの火を消し忘れる」といった症状です。この段階はステージ3にあたります。

 さらに進行してステージ4、5になると「高次脳機能障害」が出ます。料理や買い物ができなくなり、さらに着替えや入浴に介助が必要になったり、トイレを使えず失禁したりするようになります。

 最も重いステージ6では、言葉を話せず、歩いたり座ったりできなくなり、ついには全く何もできない状態になってしまいます。

 アルツハイマー病は症状が速く進み、脳全体にどんどん広がります。
 

海馬の位置(赤色)。記憶の最も重要な器官といわれる(岩瀬教授提供)

「脳の老化」は記憶障害だけにとどまる
 「脳の老化」でも、海馬に神経原線維変化ができて神経細胞が死んでいきます。

 ただ、アミロイドβがないか、少ないことが違います。

 そして神経原線維変化は海馬の周辺にだけできて、アルツハイマー病のようにどんどん広がることがありません。進行しても記憶障害以外の脳の機能は保たれています。

 神経原線維変化が進み、認知症を発症するほどになると「神経原線維変化型老年期認知症」と呼ばれます。

 海馬などに、死んだ神経細胞の中にあった神経原線維変化が片づけられずにたくさん残っていて、「脳の究極の老化」による認知症と言えます。

 後期高齢者の発症が多く、記憶障害から始まりますが、進行がすごくゆっくりです。脳全体に広がらないので、記憶以外の認知機能や人格の変化などはあまり起きません。
 

100歳を超えても自立した生活を送れる人がいる(画像:PIXTA)

アルツハイマー病にならなかった百寿者
 100歳を超えてもアルツハイマー病にならなかった例を2人紹介します。

 104歳まで生きた男性は、85歳までお坊さんをしていました。81歳の時に直腸がんの手術をして人工肛門をつけ、97歳から高血圧と腎不全になり、98歳で肺炎と貧血で入院して老人保健施設に入りました。

 100歳の時は車いすでしたが杖をついて歩くこともできて、新聞を読んだり写経をしたり、テレビで野球を楽しんだりしていました。補聴器をつけて会話もはずみました。103歳までかくしゃくとしていました。

 亡くなった後に解剖したところ、大脳はほとんど萎縮しておらず、アミロイドβは全くたまっていませんでした。

 107歳まで生きた女性は、49歳で夫と死別して74歳まで一人で暮らし、兄家族との同居を経て、92歳から老人ホームに入りました。

 106歳でも視力は正常で、歩行や食事、身だしなみ、着替え、トイレを1人でできました。107歳の時に転んで骨折して入院し、容体が悪化して亡くなりました。

 この方も大脳の萎縮は軽度で、老人斑は少ししかありませんでした。ただ海馬が萎縮し、神経原線維変化が高密度に残っていた「脳の究極の老化」でした。

 認知症ではあったものの、自立した日常生活を送っていたことが重要です。

 海馬が萎縮し、新しいことを覚えられなくなってしまっても、昔から覚えている日常生活はちゃんと送ることができるのです。
 

「脳の老化」とアルツハイマー病の違い(岩瀬教授による)

脳内のアミロイドβの有無で大きな違いが
 「脳の老化」もアルツハイマー病も、記憶障害から始まるのは同じですが、その先に大きな違いがあります。

 脳の老化は、アミロイドβの老人斑がないか、あってもわずかです。神経原線維変化は海馬周辺にとどまり、認知症の発症と進行はとても遅く、進行しきっても達者な人がいます。

 一方のアルツハイマー病は、アミロイドβの老人斑がたくさんみられ、神経原線維変化が脳全体に広がります。65歳未満の若さで発症することもあり、速く進行し、最終的には何もできなくなってしまいます。

 アミロイドβの老人斑がない、または少ない脳では、神経原線維変化が脳全体に広がることはほとんどないことがわかっています。

 アミロイドβが、神経原線維変化の広がりや進行の速さに影響していると考えられます。アミロイドβを減らすことができれば、認知症の進行を抑えられると期待できます。
 

エーザイが発売したアルツハイマー病治療薬レカネマブ(商品名レケンビ)。価格は体重50kgの人で1回あたり約11万4千円、年約298万円だが、公的医療保険と高額療養費制度の対象となり、個人負担は一定程度に抑えられる(同社提供)

新薬レカネマブの効果
 そのアミロイドβを取り除く点滴薬が、2023年12月に発売されました。

 レカネマブ(商品名レケンビ)です。毒性の強いアミロイドβの固まりをとらえて取り除き、たまったアミロイドβを減らすことが期待されています。

 臨床試験では、この薬を2週間に1度、18カ月間投与することで、脳内にたまっていたアミロイドβが減少したことが「アミロイドPET」という検査で確認されました。脳の髄液の中のアミロイドβが増え、これはアミロイドβが溶けやすくなって脳内にたまらなくなったことを示しています。

 「CDR-SB」という認知症の評価尺度でみると、認知症の悪化リスクが27.1%抑制されました。

 ただし、これは認知症の症状が軽い時期に比較したデータです。

 いまわかっているのは、レカネマブはアルツハイマー病による「軽度の認知症」や「軽度認知障害」(MCI)が進行するのを抑制できる初めての薬だということです。

 神経細胞が死んでいくのを遅らせると期待できる初めての薬ですが、アルツハイマー病を完治したり、進行を完全に止めたりすることはできません。

 それでも脳にたまったアミロイドβを減らすことに意味はあります。

 アミロイドβが少なくなれば、海馬周辺に神経原線維変化ができて神経細胞が死んでいっても、脳全体には広がりにくくなると期待されるからです。
 

「新しいことを覚えられない」場合は海馬の萎縮が疑われる(画像:PIXTA)

レカネマブの使用は「初期のアルツハイマー病」に限られる
 脳内にアミロイドβがたまっているかどうかで、大きな違いがあります。

 脳内のアミロイドβの有無は、通常の脳ドックではわかりません。
 「アミロイドPET」という特殊な機器を使ったり、脳の髄液を検査したりして調べる必要があります。

 レカネマブの使用が認められているのは、アミロイドPETや髄液検査で脳にアミロイドβがたまっていて「初期のアルツハイマー病」と判定された場合だけです。

 アミロイドPETの検査料はやや高額です。提供している医療機関が少ないため、現状では髄液検査も多く行われます。

 名古屋市立大学医学部附属みらい光生病院では、認知症が進行する時の海馬の萎縮の形の特徴を発見し、アルツハイマー病が疑われるかどうかをMRI検査で鑑別しています。

 「知っているはずのことが思い出せない」ことよりも、「新しいことを覚えようと思っても覚えられない」ことを自覚したら、海馬の萎縮が疑われますので、早めに受診してください。
 
岩瀬環教授プロフィール
 1963年生まれ。名古屋市立大学医学部を卒業後、公立陶生病院(愛知県瀬戸市)や米シカゴ大学神経内科留学などを経て、2008年に名古屋市厚生院附属病院診療科部長、2023年に名古屋市立大学医学部附属みらい光生病院脳神経内科教授。みらい光生病院の副病院長も兼務する。
 専門はアルツハイマー病、レビー小体型認知症など。
 

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