能登地震から1年 「あの日から時が止まってる」ビル倒壊で下敷きに 家族を失った男性

2024年12月31日 18:19
 能登半島地震から来月1日で1年です。輪島市で7階建てのビルが倒壊し妻と娘を失った男性はある思いを胸に少しずつ歩みを始めています。 ■「あの日から時が止まってる」  年の瀬の川崎市。店内は大勢の人でにぎわっていました。店主の楠健二さん(56)。6年前に家族で輪島市に移住し、居酒屋を経営していました。しかし、あの地震で大切な家族を失いました。  元日の能登半島を襲った地震。地震の揺れで、7階建てのビルが倒壊。隣にあった楠さんの自宅と店舗はビルの下敷きになり、妻の由香利さん(48)と長女の珠蘭さん(19)が犠牲になりました。 楠健二さん 「(2人は)奥の方にはさまってた。助けてあげられなかった」  珠蘭さんは地震の4日後に二十歳の誕生日を迎えるはずでした。 楠健二さん 「現実を受け入れられない、いまだに。目の前にいた2人を助けられないんだよ、そんな悲しいことある?」  楠さんは何度も自宅へ通い、がれきの中から2人の思い出の品を探しました。  地震の後、楠さんは川崎市に戻り、残された家族と生きていくため、再び居酒屋をオープンさせました。店の名前は、かつて妻と2人で決めた「わじまんま」。以前と同じように能登の新鮮な魚と地酒にこだわっています。  今の旬はブリやアオリイカで、奥能登で水揚げされた新鮮な魚を毎朝、地元の人に送ってもらっているそうです。11月には大きな被害を受けた輪島港でも漁が再開し、楠さんの元に届く魚の種類も増えたと言います。  地酒は「奥能登の白菊」や貴重な「登雷」など、10種類ほど置いています。 楠健二さん 「酒蔵が小さいから もう二度と入ってこないと思ったのね。そうしたら、たまたま12本分けてくれたの。だから書いてあるでしょ?そこの白いタグに『生き残ったお酒』」 客 「すごい奇跡のお酒。だって生き残ったんですよ」 楠健二さん 「『この1年どうでしたか、ふり返って』と言われるけど、時が止まってるんだよ、俺の場合、1月1日で。正月なんて一生祝わないし、今は無心に店をやってるだけなんだよ。目をつぶればきのうが1月1日なんだから。この間だよね?っていうくらいなんだから」  今でも2人を助けられなかったあの日のことを思い出してしまう。遺影がある自宅に居るのが辛い日は1日の大半を店で過ごすこともあるそうです。 ■「輪島のためにできること…」  それでも楠さんは、遠く離れた川崎で輪島のためにできることはないかと考えています。 楠健二さん 「うち、箸も箸袋もおしぼりも輪島なんだよ。この辺で買えば安いんだよ。だけど朝市が止まってるじゃない。飲食店も少ししか開いてない。そういう物を売ってる人は絶対困ってる。俺こっちに来ちゃったから何もできない。だから取ってるんだよ、輪島から。出来ることはやらないと。一応まだ輪島の一員だからさ、移住者とはいえね」    地震からまもなく1年。復興に向けて、課題が多い「被災地の今」を伝え続け、少しでも関心を持ってもらえたらと話します。 楠健二さん 「テレビはたまに(能登が)映ったりするけど前ほどではない。じゃあ復興が終わったのかというと全然じゃない。一生懸命、皆やってるけど時間がかかるのは当然。だからそれに対して俺ができることはお客さんに今の状況を伝えるのと、こうやってメディアが来てくれるなら出て、『輪島って今どうなってるの?』って気に掛けてくれれば…」  いずれは、輪島に帰りたいと話す楠さん。あす、1月1日。残された家族とともに輪島へ向かいます。

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