認知症にならないため、今できる7つのこと 世界の研究でわかったポイントを脳神経内科教授が解説
2025年1月18日 06:01
認知症はどんな人がなりやすく、どんな人がなりにくいのでしょうか。世界中で長年にわたって疫学研究が続けられています。脳神経内科が専門の松川則之・名古屋市立大学医学部教授(62)が、これまでにわかってきたこと、誰でもできる7つの予防法を解説します。
名古屋市立大学医学部の松川則之教授
脳は、見たことや聞いたこと、触ったものなどの情報を「これは何なのか」「どうすればいいか」と処理しています。「認知症」の「認知」とは、この情報処理に大きく関わっています。
脳の神経細胞は、細胞の内側と外側でナトリウムやカリウム、カルシウムの濃度を変えることで、電気信号を出しています。
その信号をほかの神経細胞とやり取りして、見たものや聞いたものを認識し、言葉を出したり体を動かしたりしているのです。
脳の神経細胞が電気信号を出している様子(松川教授提供)
傷ついたタンパク質が脳内にたまる
認知症になってしまうのは、神経細胞をつくっているタンパク質に傷がつきやすくなり、電気信号をやり取りできなくなるからです。
若い時は、タンパク質が傷ついても自然に処理してきれいにしてくれますが、年を取ると処理しにくくなり、傷ついたタンパク質が脳内にたまりやすくなります。
たまる場所は二つあります。細胞と細胞の間と、細胞の中です。
神経細胞の間に傷ついたタンパク質がたまると、電気信号をやり取りする邪魔になります。また、神経細胞の中に傷ついたタンパク質がたまると、細胞自体が死んでしまいます。
脳の神経細胞がどんどん死んで、脳全体が縮んでしまうことで起きる病気が「アルツハイマー病」です。
アルツハイマー病に関わる異常タンパク質(写真は松川教授提供)
アルツハイマー病に関わる2つの異常タンパク質
アルツハイマー病には、2つの異常なタンパク質が関わっています。
ひとつは「アミロイドベータ(β)」で、50代を過ぎると細胞と細胞の間にたまっていくといわれています。
もうひとつは「異常リン酸化タウ」といい、細胞の中にたまって細胞を死なせます。
この2つが脳内にたまっていき、神経細胞の電気信号がうまくやり取りできなくなって、症状が出ます。
「認知症」と「健常」の間には「軽度認知障害(MCI)」というグレーゾーンがあり、それぞれをはっきりと線引きすることはできません。
医師は、患者さんの生活の様子を聞きながら判断しています。
有酸素運動を続けていた人は認知症になりにくい
認知症になりにくい人の共通点
年を取ることは誰も止められませんが、認知症になる人とならない人の違いはなんでしょうか。世界中で多くの研究者が調査してきて、わかったことがあります。
アメリカで行われた調査によると、65歳以上の人のうち認知症の比率が2000年に10~12%だったのが、2012年には8~9%に減りました。日本を含む先進各国で同じ傾向がみられます。
認知症になる率が近年下がっている理由に、こんなことがあるといわれています。
・教育歴が長くなった
・脳梗塞の治療法と予防法が進んだ
・生活の質が向上した
長寿を全うして亡くなった人を解剖したところ、アルツハイマー病と同じように脳が縮んでいながら、生前に全く症状がなかったという例があります。
どんな人が多かったのかというと、このような方です。
・教育歴が長かった
・知的職業をしていた
・余暇を積極的に楽しんでいた
・いろいろなことに興味をもっていた
・有酸素運動を続けていた
脳に異常なタンパク質がたまっても、生活の仕方によって症状が出ないようにできるかも知れないのです。
認知症の疫学研究でわかってきたこと。青字が予防に関わるもの、赤字が発症に関わるもの(松川教授による)
認知症になりやすい人の共通点
逆に、認知症になりやすい人の共通点もわかってきています。
・糖尿病
・高血圧
・脳梗塞
・意識障害が起きるほどの頭のけが
・心房細動
・肺機能の低下
・社会的孤立
人によって異常なタンパク質がたまりやすい人、たまりにくい人がいますが、異常タンパク質がたくさんたまった人は、ごく小さな脳梗塞で認知機能が一気に下がることがあります。
「心房細動」というのは心臓の不整脈の一つですが、心臓に血液がたまることで、MRI(磁気共鳴画像)でもわからないほど小さな脳梗塞につながっているのではないかといわれています。
心房細動は不整脈の中でも多く、いい薬があるので、しっかり治療してください。
高血圧も脳梗塞のリスクを上げます。上の血圧を130mmHg以下にしましょう。
神経細胞が電気信号を出すエネルギーは、酸素と糖です。肺の機能が下がると脳内の酸素が減って、認知機能が落ちやすくなります。
タバコを吸っていませんか? タバコはがんだけでなく、認知症のリスクを高くします。腎臓病も脳に悪影響を及ぼします。
高齢になると薬を多く飲むようになりますが、抗がん剤や精神安定剤で脳の活動が落ちることがあります。
例えば、睡眠薬は脳の活動を下げることによって眠れるようにしているので、漫然と飲み続けることはよくありません。お酒の飲みすぎにも気を付けてください。
社会的孤立は認知症のリスクを高める(画像:PIXTA)
「孤立」が認知症のリスクを高める
社会的孤立は認知症のリスクを高めます。人と会って、社会とのつながりを保ってください。
毎日人に会っている人は、月に数回あるいはほとんど会っていない人より脳が萎縮しにくいというデータがあります。
社会貢献は、人のためだけではありません。認知症防止という「自分のため」でもあるのです。
また、自分の歯が多く残っている人は脳の萎縮が少ないというデータもあります。これはどちらが原因でどちらが結果なのかはっきりしていませんが、歯は大事にしましょう。
これも原因なのか結果なのかはっきりしませんが、歩くペースが速い人は、遅い人に比べて認知症のグレーゾーンになる率が低くなっています。体力をしっかりつけましょう。
糖尿病は大敵です。指標となる糖化ヘモグロビン(HbA1c)が6.5%以上だと、脳の萎縮が進むというデータがあります。
リビングストンという著名な研究者による2024年時点でのまとめでは、聴力が落ちることや、LDLコレステロール値が高いことも認知症に少なからず影響します。
このように自分の力で何とかできることは、認知症のリスク要因の45%も占めるといいます。
認知症を防ぐには「生活の質」がとても大事なんだということをおわかりいただけたでしょうか。
脳トレは健康なうちから(画像:PIXTA)
「脳トレ」は健康なうちから
運動をしたり、「脳トレ」など認知機能を上げる訓練をしたりすることは効果があるのでしょうか。
ヨーロッパで実施された研究では、有酸素運動や認知トレーニングに加えて、糖尿病・高血圧など脳血管障害の予防・治療をすると、「もの忘れ」をなくすことは難しいけれど、ものを考えたり判断したりする力は改善できます。最近、国内でも同様の結果が確認されてきました。
「もの忘れ」をするだけで、「考える」能力が維持できていれば、日常生活に支障をきたさないことが期待できるわけです。
特に「脳トレ」などの認知トレーニングは、健康なうちからやれば効果があることがわかっています。
グレーゾーン(MCI)になってからでは、充分な効果が期待できない可能性があります。「認知症ではないか」と自覚する前から始めましょう。
認知症にならないために今できることがある
7つの「今できること」
最後に、認知症にならないために「今できること」をまとめます。
1. 積極的に社会と関わる
2. 知的興味を持ち続け、訓練する
麻雀や囲碁・将棋、料理などはいいですね。自分で計画して旅行をするのもおすすめです。
3. 豊かな感情を維持する
いつもニコニコして、感謝を忘れず、家族や隣人と仲良くしましょう。憂鬱な気分にならないことです。
4. 有酸素運動を続ける
5. 頭にけがをしない
6. 新たな挑戦をやめない、あきらめない
7. 生活習慣病の治療を絶対やめない
特に高血圧、糖尿病など血管系のリスクを減らしましょう。
松川則之教授のプロフィール
1962年生まれ。名古屋市立大学医学部を卒業後、岐阜県土岐市立総合病院、米ジョージア医科大学留学などを経て、2013年に名古屋市立大学神経内科学教授。2019年から名古屋市立大学病院の副病院長も兼務。
専門はアルツハイマー病、パーキンソン病、脳虚血。